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渡邊世紀監督インタビューINTERVIEWSOct.01,2015

Page 1: 渡邊さんはどんな人?/映画監督を目指すきっかけ
Page 2: 映像表現で大事だと思う事/海外を視野に入れて活躍する為には?
Page 3: ショートフィルムの良さは?/企業が商品やブランドを映像で表現する事
Page 4: 日本映画と海外映画を比べて
Page 5: テクノロジーの進化と共に
Page 6: これからどんな作品を作りたいですか?/最新作について
Page 7: 渡邊世紀監督プロフィール

渡邊さんはどんな人?

どんな幼少期だったのですか?

2歳~6歳までブラジルで過ごしていたんですが、小学生にあがる時に帰国して日本に馴染めなかったことが、その後の自分の人格形成に大きな影響を及ぼしたかなと思っています。

友人もいなかったし、一人になったら家への帰り方も分からないから、自分は人より劣っていると思っていました。そういう事がきっかけで、内向的な性格になったと思います。
今でも人付き合いが得意ではないし、周りからは真面目すぎると言われます。

そのような事が映画監督になる上で関係していますか?

はい、内向的だったので、一人で空想したり、独自の視点を持つようになったとは思いますね。
よく、1人で~ごっこ遊びをしていましたね。学校で休み時間になると、友達いないくせに、誰よりも先に教室を飛び出していきました(笑)

映画監督を目指すきっかけ

小さい頃から映画は観ていましたか?

幼少期から、親の影響で『ベン・ハー』や『ローマの休日』などの名作映画を観ていました。
だから映画は常に自分のそばにありました。
4年生の時に映画館で観たスティーブン・スピルバーグ監督の『E.T.』が、空想少年だった自分の心を掴みました!

やはり夢のある映画が好きだったんですね。それに加えて『E.T.』には優しさがあった。
そこでそれを作った「人」に興味を持ったわけです。そこから映画監督を意識するようになりました。実際、小学校の卒業文集に映画監督になると書いていました。

◆その後はどのような勉強をしたのですか?

その後、本場のアメリカで映画の勉強をしたい!と中学三年生で思い、高校の時はバイトしたお金でビデオデッキを買って、週5,6本、レンタルビデオですが映画を観てました。

うちは父が映像・オーディオマニアなので、家にスクリーンもあって映画館に近い環境で観てました(笑)高校卒業と同時にアメリカへ行き、最初の3年は英語と一般課程を学び、映画科がある大学へ編入し2年間映画理論の勉強をして16㎜フィルムで短編を制作しました。

卒業後はハリウッド近辺に移って、ノーギャラのインディペンデント映画などに参加していました。自主製作映画と言わずインディペンデント映画という言葉を使うのは、日本の自主製作とはあまりにも体制も環境も違うから。普通に35mで撮ってましたし、大きなクレーンなどの特機もあった。今考えても羨ましい環境でしたね。

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